野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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赤まんま

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東支那海浪高しですね
「煙も見えず雲も無く 風も起こらず波立たず・・」日清戦争の黄海海戦を歌った『勇敢なる水兵』は我が家から5km程離れた、東海道は石薬師宿で産れた佐々木 信綱の作詞です。
「旅順開城約成りて 敵の将軍 ステッセル・・」日露戦争で旅順の降伏調印を歌った『水師営の会見』も同じですね。

 この旅順港の入り口に船を沈めてロシア艦隊を閉じ込める作戦で戦死した、『広瀬中佐』を歌う「轟く砲音 飛び来る弾丸・・」は作詞不詳だが「杉野は何処 杉野は居ずや」の杉野兵曹長は同じく鈴鹿市磯山町出身
 実はこの杉野兵曹長は戦死せずに生きていたのが後で判ったが、軍神になっていたので日本には返して貰えなかったとの話もあるが定かではない。
 息子さんの一人は終戦時に海軍大将となって、戦艦「長門」最後の艦長、孫も防大に入られたとか? ひ孫にあたる杉野正隆氏はオペラのバリトン歌手

 話の冒頭から横にそれたが、右にせよ左にせよ、今、徒に危機を叫ぶのは、誰かに利用されるだけだろう。
中国が肥大化し、日本が縮小していくのは止めようが無い歴史の流れだが、それに対応するには、知と力、そして高い文化を持った侮りがたい国になれば良い。

 その為には、原発0は賛成しかねる。殆どを化石燃料に依存し、エネルギー供給線を敵前に晒して経済的自立など有りえないし、核武装はしなくても中国が核の脅しを掛けるなら、即時に核武装の対応ができる潜在的な知と力は持つべきです。
 今は静かに力を蓄える時、無責任な石原知事や、恥を知らない安倍元首相の尻馬に乗って政府を攻め立てるべきではないだろう。
 不十分であっても、対外的には、とりあえず自分たちの代表を支持し、一致して毅然たる姿を示すのが日本の知性だと思う。

 今日の百姓一句
風強し 少し憂いて 赤まんま

 『歌のわかれ』が来ない事を願うが、むつかしい時代でもある。
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