野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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護摩修行

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 畑には行ったものの、車から降りると風が冷たくてやる気が萎えてしまった(^_^;
 そこでお雛様が飾られている表通りをブラブラしていると、関地蔵院の境内で何だか人だかりがするではないか。
 人混みを分けって行くと、しめ縄で結界が張られ、その中で何人もの山伏姿の人がいた。

 奥に回ると、「関地蔵 大護摩修行」と張り紙がしてあり、キョロキョロしていると「どうぞ」とおじさんから紙コップに入れられた甘酒を勧められたので遠慮なく頂く。

 見ていると山伏が半弓を持ち出して、結界の四隅で矢を放ち、周りの人がそれを拾っていた。恐らく天に放たれたのは破魔矢でそれを拾えば無病息災・家内安全の伝えが有るのだろうが?矢竹に色紙の矢羽根を付けただけで見栄へがせず、神通力も余り期待できない気がする(コラコラ)

 そして中央に積まれた桧の葉に火が点けられた。どうやらこれが護摩壇らしく、それに面して座した山伏が何やら所作をしたあと護摩木を火に向けて投げ始めた。その祈祷中に周りの山伏たちは錫杖を振り鳴らしながら、般若心経を何度も繰り返している。
 
 たぶんその後火渡り行事が行われるのだろうが、それは見ずに寺を後にした。

 真言密教を日本で広めた空海=弘法大師が修行の地を求めて宇和郡(五条市)に来た時、一人の異様な猟師に出会い、彼に霊地を尋ねたところ犬が案内すると言ったので、大師はそれに導かれて高野山に着き、そこに住む人(水銀に関わる人たち)に土地を譲られたとの伝承がある。
 
 また、マタギには日光派(天台宗)が「山立根本巻」と、高野派(真言宗)が「山立之由来之事」と言う巻物を持って山に入る風習があった。これは2つとも高僧が猟師に山を修業の場として明け渡すのと引換に、他の山で狩猟する許可と諸国を往来する権利を得ると言う内容らしい(何せ秘伝書だから見た事が無い^_^) 他にも粉河寺縁起絵巻など、密教には猟師と関わりが深い物があるようです。

 煎じ詰めれば人を殺す事を職業とする武士の発生の一つに猟師があったとされますが、人々には恐れられていた猪や鹿を殺す異能の人と捉えられ、神との介在人としたのだと思います?

 多くの仏教は現世を捨てる解脱の境地を涅槃の姿としますが、空海は万有に一点の無駄はなく、そこに存在する物は清浄して見れば菩薩であるとした(存在する物はすべて理性的である=ヘーゲルと一緒やんか!!)

 猟師は山伏を通じて密教により生き物を殺す事の原罪意識を昇華したのでは無いだろうか? ちょいと考えていきたい。
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