野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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新たな展開を期待

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伊勢志摩サミットは終わりましたが、私もオバマの後を追って三重から広島を訪ね本州ツボクサ首脳会談を持ちました(^_^;
 元広島市花みどり公園長や森林植物園昆虫館館長をしてみえた植物研究家/果樹研究家でツボクサ栽培にも取り組んでみえる中山長秀さんをお訪ねしたのです。
 
 写真は首脳会談後の記念写真(^_^)で、背景は会場である中山さんの奥様のお父様の生家の茅葺民家です。今は別宅の一つで(ご自身の生家など4軒も管理して見えるそう)屋根の葺き替えに大金を費やして茅葺屋根を維持してみえます(中国道では何軒もトタンで囲われた茅葺屋根は見られても茅葺のままの民家は無い)。
 写真のように奥座敷の前に庭を持ち、そこへ入る冠木門のある作りだったので「元は庄屋さんですか?」と尋ねると、分家だが本家は庄屋でこの辺りでは有名な大地主だったそうで、傍らの奥様にもどこか名門の面影が漂う。
 
 広島訪問の成果は大きく、中山さんより貴重な贈り物を頂きましたので、これによりツボクサで日本女性の肌を美しくする=日本美人化計画は一挙に進むことでしょう(^_^)
 
 広島からとって返して兵庫へ。佐用町の農業振興室より薬草苗の注文を頂いたのですが、広島まで行くと言う事で、せっかくだから配達を兼ねて植付指導?との事になって佐用町泊まりです。
 佐用と言う地名を初めて知ったのですが、山中鹿之助で有名な上月城のある所なのですね。と言う事で翌朝は早起きして城山に登ってきました。城跡から麓を見て尼子軍が降伏した理由がすぐ判りました? 武将達は尼子家再興の呼びかけで駆けつけた者であっても、実際に戦う者はこの辺りの村落から掻き集めた農民兵だったはずであり、旧家筋にあたる毛利の大軍に取り囲まれたら、地元民に戦意が起こるはずが無いと感じました。
 
 さて、薬草植付は町の栽培グループと町職員で20人近いメンバーが集まり、朝日・読売・神戸の各新聞社の取材もあると言う本格的なものでした。近ごろは各地で住民グループが耕作放棄地を使って薬草栽培に取り組み、それを行政が支援する例が多くなりましたが今回もその一つです。
 植付に立ち会ったからには責任を問われますが、様子を見るにはちょいとばかり遠いので、何とか上手く育っよう、時々は西の空に向かって祈る事にします(^_^)
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