野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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畑を起こす

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 昨日の午前中に2匹目の鹿肉発送を終へ、猟モードから農モードに切り替えています。
昨日は先ずは畑を起こしました。昨秋に堆肥を入れて起こしてあるのですが、草が酷くなったので刈払ったものの、切株が残ったので一旦起こす事にしたのです。
 
 ここへはツボクサを植える予定で、今は地上部が枯れていますが、一番左端にツボクサがズーツと植わっており、これを移植する予定です。今年は未だ無理でしょうが、来年のここは一面のツボクサ畑に成るはず?
 そんな物を作ってどうするのかって? 全く予定は無いけれど、社会に有用な物が集積されればそれ自体が動きだすと言うのが私の考へであり、量的変化は質的変化を引き起こすと言う奴ですね。暇な爺さんだからこそやれる実験?です(^_^)

 昨日はここまででしたが、今日は畑に行くついでに楠平尾に掛けてあった罠を見回りました。2基のうち1基が空弾きをしていましたが、猟期も15日までなので2基とも撤去です。結局は南部戦線の戦果は鹿が1匹と言う訳で、やはり獣影は山の麓より薄い様です。

 そこへ行くのに初めて和賀の集落へ入ったのですが、山の中に鳥居を見つけたので入って行くと神社の跡でした。しかし良く見ると構造的には山城そのものです! ぐるっと回ってみると、近世の土取り場になっていますが、尾根が切り取られており、入口の所も後世に埋められたようですが、掘になっていた形跡があります。前にお寺がありましたから、一体であった物が神仏分離令でお寺が残り、神社はどこかへ合祀されたのでしょう?
 罠の南部丘陵への転進で阿野田城に次ぎ和賀城を見つけましたが?何れにも案内板がありませんでした。オマエの見間違いだろうって? イヤたぶん合っていると思う?

 そんなこんなの後は関の畑で昨日の続きをしましたが、全て起こしたものの、田圃を埋めた跡で、かなり凸凹があります。そこで耕運機にレーキを付けて畑を均したのですが、これがなかなか上手く行かず「明日に続く」となりました(^_^)
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