野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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大きな玉手箱

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 昨日は朝から小雨が振り出したので、裏の物置を片付ける事にした。
ゴミ同然の品々に埋まっていた大きな茶箱を開けると、埃に塗れた道具類とは異なる原色の世界が現れた。登山用具だ!
 30年程前に使っていた物でいつか使おうと思いながら、陽の目を見ないまま物置の底で眠っていたもので、引き出してよく見るとウールの衣類は虫に食われているものの、他は特に大きなダメージは無いようである。
 登山用具も技術進歩で良い物が出来ているのだろうが、鈴鹿の冬山ぐらいなら無問題だろう。オールドファッションに身を固め、冬には氷の殿堂と化す藤内沢を詰めていきたいところだが、んな体力はあるわけが無い。と言うか、夏山でも無理な身体になってしまいました(T_T)

 ♪穂高よさらば また会う日まで そう歌いながら薄暗い灯りの中で氷柱が光る釜トンネルを越えて沢渡まで歩いたが、人生のトンネルは抜け出せられないまま今日に至り、金も体力も果てた身となって穂高の頂に立つのは夢の又夢だ(^_^; 夢ならば見続けるのもまた良しと、虫干しを兼ねて記念の写真をパチリ。

 これらの品々は薄給の中で身を削るようにして買い集めた物だが、今ではガラクタでしかない。ただ別に保存していたピッケルは門田茂の名前と製造番号が入っているので骨董品としての人気が高く、ヤフオクに出せば高く売れるはず? 写真には写ってないけれど、タニアイゼンの10本爪もあるが、これは今もご存命?の谷氏も無いと甥の方がブログに書いて見えた。ただし骨董的価値は無い(^_^;
 これを作った春日井の梶田製作所が日本で始めてメタルシャフトのピッケルも作ったが既に廃業。また豊田の二村がウッドシャフトのピッケルを作り、その後も日本では唯一ウッドシャフトピッケルの鍛造を続けていたが、今年の3月に工場が火事になってしまったようだ。ホームページ(http://www.sun-inet.or.jp/~zen1/ 余談ながら鍛冶屋好きには「自伝 野鍛冶一代」は必読)によると動力ハンマーが未だ設置してないので特殊鋼の鍛造は出来無いようだ。二村のピッケルをお持ちの方は大事にした方が良い、間違いなく値上がりする(^_^)

 山に登っていたのは殆ど名古屋にいた頃であり、地元の鈴鹿山脈も登ったのは北部の山だけである。見回しても自分にとっては未踏の山が幾つもあり、高さも数百メートルなので、ゆっくりと身体を慣らしてその頂を極めたいものだ。
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