野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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地黄粥

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寒い中を僅かながら地黄を掘ってきました。
もう、すっかり廃れていますが、正月に地黄粥を食べると病気の元である邪気を払うと、これを食べる習慣があったのです。
平安時代には宮内省典薬寮で「供御薬」という宮中行事により、毎年旧暦11月1日、地黄煎を調達して供したそうですから、それが民間に伝わり、正月の地黄粥に変化したのかもしれませんね?
地黄粥の作り方は、普通の粥を作り、炊き上がった粥に生のジオウを刻んで入れ、少し蒸すだけです。これに好みに合わせて塩を入れるだけですから簡単です。
地黄には補血、強壮、止血、滋潤等の効果があり、漢方薬にも広く使われていますから、是非とも正月の地黄粥を復活させたいものです。

じゃ私も地黄粥を食べてみるか? と、お思いになっても、今の日本では生の地黄など、めったに手に入りません。
各地に地名として残っているように、昔は盛んに栽培されていましたが、今は殆ど栽培されていないのです。

どうしてか? 地黄に限らず、日本で生薬栽培が衰退した一番の理由が薬事法でしょう?
薬に指定されると生産者に販売の自由が無くなり、販売権を持つ製薬会社や薬屋、そして産地問屋に安く買い叩かれるので、他の利益率の高い作物に栽培を変えてしまうのです。
地黄は種では増やす事ができず、根から生える子根で繁殖させるので、一挙に増やす事ができません。種で保存する事ができないので、一度絶えると復活が難しいのですね。
今では極一部でしか栽培されていないので、増やそうとしても元になる苗を入手するのが難しいのです。
インターネットで検索すると、色々とヒットしますが、実際に苗を購入できるのはうちぐらいでしょう(^_^;

ちなみに、やんどころなき方々が召され、伏見稲荷の名物でもあったという「地黄煎」とは何ぞや?
これは、餅米の澱粉を麦芽酵素で糖化して作った水飴に、地黄の煎汁を煉り込んだ物で、汁飴とか膠飴と呼ばれていました。
公的には書かれていませんが、民衆の間ではバイアグラ的機能を求めての需要が高かったようです?
もちろん、宮中に於ては、胃腸を整え、気血を増す薬として服用されたそうですよ(^_^)

さて、供御とくれば歴史が好きな人にはピンときますが、この地黄煎も献納と引き換えに典薬寮を本所として「地黄煎商売座」を作って地黄煎の販売独占権を得ます。
供御人によるこの座の販売人を「地黄煎売」と言いましたが、道々の輩でもありますね。戦国時代でガラリと変わりますが、流れは後の飴売り、そして近くは紙芝居屋となったわけです。
この辺りの話は先年亡くなった網野善彦氏の『蒙古襲来』小学館文庫 が面白いですよ。

話しが飛んでしまいましたが、地黄は別名をサオヒメ(佐保姫=春の女神)と呼ばれるように、花もそれなりに美しいので何とか広めたいものです。
せいぜい増殖に勤めますので、皆さんも次の正月には地黄粥を食べて邪気を払ってください(^_^)

皆さん、良いお年を
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