野良爺風伝録

鈴鹿山脈の東麓で、薬草と機能性野菜の栽培に取り組む、気儘なオヤジの世迷言

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病牀五尺六寸一分

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 鬼の霍乱と言うやつか、昨日今日と風邪で臥せっております。畑には貴重な春のひと時を無為に過ごすのは悔しい限りですが、寄る年波には勝てませんので無理はせずに静養中。

 たかが風邪なのに、部屋の窓から外の景色を眺めては、このままもうずっと寝込むのではないかと弱気の虫。
 寝てばかりいると夜が眠れないので、青空文庫の正岡子規「病牀六尺」を読んで、病の気分に浸る事にしたが、子規に圧倒されて直ぐに疲れが出たのでまた布団に。

 暫くすると鶯が来て鳴いてくれた。我が家は団地の外れにあるので道路を挟んだ向こう側は木が茂っており、そこで鳴いているのだが、鶯はホーの部分を抜かしてホケキョホケキョと鳴くばかりで風情が無い。
 
 写真を撮れないかと玄関を開けて外に出たら、人の気配を感じて飛び去ったらしく、もう鳴き声は無なかった。

 ここで一句   鶯も 義理で見舞うか 忙しなく😁
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咲かずの花

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 昨日は寒い寒い一日でした。
 それでも鈴鹿颪に曝されながら、地に這い蹲って草を取る。まあ、これまでサボっていたつけではありますが。
 身も心も冷えた中で、薬草畑の片隅に目をやるとクサボケとレンギョウが寒風に揺らされながらも咲き誇っておりました。やはり人は花をみると心が温かくなりますね、こちらも負けるものかと仕事に精が出ます。
 
 それでも4時ごろには雨が激しくなり仕事を止めて帰ろうと花を見ると、やはり雨に濡れそぼつ姿は花と言えども哀れみを覚えます。
 
 ♪アカシアの雨に打たれてこのまま死んでしまいたい・・ ニュースフイルムに映る60年安保のデモのシーンには決まって西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」が流れる。安保改訂後に運動の挫折感に打ちひしがれた学生たちが、当時流行っていたこの歌を歌ってやけ酒を飲んだから(^_^)
 
 では、我らが70年安保世代はと言うと、定説にはなっていませんが、やはり花の色をヘルメットになぞらえて替え歌も歌われていた藤圭子の「圭子の夢は夜開く」でしょう?
 藤圭子の父親は浪曲歌手で、母親は三味線瞽女をし、圭子も子供の頃から門付に同行して旅回りをしながら歌った事もあったらしい? その子、宇多田ヒカルにも日本の情念を歌う血が流れて人々の琴線を揺るがすのか?
 
 ♪赤く咲くのはケシの花 白く咲くのはユリの花 どう咲きゃいいのさこの私・・ 花を咲かせることもなく枯れ果てようとしているこの私、トホホ

桜と翁草

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 季節柄ベタですが、畑に行く折に撮った亀山城の桜です。
そして毎度ですが、亀山の薬草栽培者としてはやはり触れずにはおけない飯沼慾斎生誕地碑ですね。
 
 慾斎は「リンネ」の植物分類法を日本で最初に採用した草木図説を出版した本草学者として、植物学や和漢薬に関係する人には知られた人ですが、天明2年(1782年)この写真の中央左400m程先の所で西村信左衛門守安の次男に生まれました。
 
 父親は大垣で町年寄をしていたそうですが、天明の飢饉の頃であり世の中騒然としていましたから、商売に失敗したようで?夜逃げ同然に、青木門近くで手広く商いをし、亀山藩の財政に関わって多額の貸付までする御用商人になっていた弟の鮫屋(西村源兵衛 3代目)を頼って寄食したようです。
 
 2枚目の写真が晩年の慾斎と鮫屋の跡地です。
 
 その「鮫屋」の帳場で遊びながら読み書き算盤を覚えたそうですが、やはり居候の身は大変だったそうで、12歳になると母の実家であり兄になる大垣竹島町で本陣を営む蓬来屋(飯沼貞九郎長意=本陣飯沼家)を頼りました。
 本陣飯沼家は後に慾斎の出版スポンサーにもなる程の金持ちですから、そこから嫁に貰った父も大垣ではそれなりの商いをしていた事でしょう(^_^)
 
 その分家で下の伯父にあたる飯沼長顕は膏薬製造を営んでいましたが、それでは飽き足らず医者を志して京都に5年間遊学し、外科の福井楓亭や産科を賀川満郷などに学びましたがその一人に後に慾斎も弟子になる本草学の小野蘭山もいました。
 長顕は大垣に帰って医者となって大いに栄へ、家塾では何人もの門人を持ったのですが慾斎もその一人となりました。
 
 慾斎は18歳になって京へ赴き伯父と同じく福井家の門を叩いて医学を学びます。2年で大垣に戻りますが若くして名医として知られるようになったとか。22歳の時に長顕の娘と結婚して、二代龍夫として俵町飯沼家を継ぎました。
 
 江戸にも1年ですが遊学して蘭学も学び、美濃では初めて腑分けを行うなど、家名を大いにあげましたが、それにつれ同業からの妬みも受けて煩わしくなったようで?50歳で義弟の本筋に戻し、自分は「平林荘」に隠居します。
 
 数年はブラブラしていたようですが、本来の知的好奇心が収まらずに本草学に没頭するようになり、82歳まで長生きしたので多くの業績をあげています。
 当時は貴重品で高額だった顕微鏡を使って子細図を書いたり、70歳で写真技術を学び、幕末のきな臭さを受けて火薬の研究までするなど老いても探求心が旺盛な人だった様ですね。
 
 父親や兄は亀山を動きませんでしたが、慾斎と亀山の繋がりは資料としては殆ど残っていません。
 
 3枚目の写真は草木図説と翁草のページ。慾斎は翁草のスケッチを何枚も残しているので、勝手に慾斎が愛した花にしています(^_^)最後は只今満開の関にある畑の翁草。

熊が出た

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 朝方、市民のショップねこの館の伊藤幸一氏から電話があって、石水渓で熊が出たとの事である。
 私は石水渓の南隣の奥山で罠猟をしていた事から、滋賀県の熊目撃情報をチェックしていたが、滋賀県での熊は殆ど伊吹山麓以北で目撃されており、近頃鈴鹿山系で見たと言う情報がない。
 「三重県の話だろ」と言われるかもしれないが、鈴鹿山脈の三重県側は急峻で山が浅いのに対して、滋賀県側がなだらかにせり上がって山懐が深いから、熊が南下してくるなら滋賀県側を通ってであり、鈴鹿南部まで来るには、そこまでにあちこちで遭遇例があるはずと考えている。
  
 電話には「違うだろう」と言ったものの、物見高いは人の常。人一倍野次馬根性の高い私ですから、午後から関の畑に行くのに石水渓から坂下へ抜ける鈴鹿林道南線を通る遠回り道を行くことにしました。
  
 まずは石水渓へ。春の陽気に誘われてか駐車場には何台かの車が車が止まり、道行く人も散見されて熊が出るなどの緊張感は全くなし。
 
 写真正面が奇岩の鬼が牙。先日、市議の西川氏がブログで市内の登山道を整備したいと書かれた折には、登山道も良いが鬼が牙を整備してスポーツクライミングのメッカにして欲しいと要望をした山です。
 ボルダリングに適した小さな岩場が沢山あるので、整備をすればアプローチが良いので多くの愛好家が集まるのではないかと思います。
 ボルダリングはオリンピックの種目になりましたが、簡単に通える場所に練習する岩場があれば子供の時から岩に接する人もいるだろうし、将来はここからオリンピック選手が出現するかもしれない(^_^)
 
 そんな事を思いながら車を安楽越えの本道から、熊が出たと言う岩坪川へ向けて鈴鹿林道南線へと車を乗り入れます。
 一帯は新東名の道路工事中で盛んに工事車両が行きかいますが、その交通整理をしている人に「熊が出たとこはどこ」と聞きますと「この先の分かれ道のとこにも人がいるのでそこで聞いてくれ」との返事で、更に進んで林道が岩坪川から別れる所にいた交通整理のおじさんの脇へ車を止めて話を聞く。
 
 「熊が出たの?」と尋ねると「こんなとこに熊が出る訳がない、猪を見間違えただけやろ」と、私の考へと全く同じ回答をされた。「本当に熊が出るんやったら、こんなとこに1人でたっとられんわ」と、ごもっともなお答へ(^_^)
 
 確かめるまでもないだろうと、そのまま畑へと向かいましたが、二枚目の写真は振り返って撮った、熊が出たと言われる第二名神鈴鹿トンネル三重県口近辺の遠景写真。
 鈴鹿林道南線から西側は自然保護区で猟師は手を出せません。

薬草種蒔

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  温かな春の日差しを浴びて、今日は取り置きしてあったアシュワガンダとニチニチ草を脱穀し、種を播きました。
 アシュワガンダは何人かの方から注文をいただいているのですが、これでやっと発送できそうです(^_^)  ニチニチ草の方は苗だけを販売していますが未だ大分時間が掛かりそうですね。
 
 ニチニチ草はガンに効くと言うので、一時ブームになりましたが、今も根強い支持があるようです。1月程前ですがニチニチ草の粉末が在庫切れになったので仕入れたいとの電話がありました。うちは薬草の一つとしてニチニチ草を栽培しているだけだと断りました。どうやら闇の販売ルートがあるらしい(^_^) 

 時々、個人の方からニチニチ草の粉末や乾燥葉の問い合わせはありますが、ニチニチ草は薬指定を受けていますからうちでは苗を売るだけで、乾燥品の販売はしておりません。
 
 ニチニチ草から成分抽出をしたものをビンクリスチン硫酸塩と呼び、抗腫瘍性植物成分製剤としてオンコビンなる商品名で使われているそうな。ちなみに注射用1mgの薬価が1瓶2826円らしい。期待される効果はがん細胞が増えるのを抑え、腫瘍を小さくするとあります。
 
 ニチニチ草を直接摂取しても同じ効果があるのか?と質問されると答えるのが難しい。商売として苗を売っているので下手な事を書くと手が後ろに回ります(^_^)
 冗談はともかく、末期がん患者の延命効果は一定程度期待されるので、お医者さんとしても手の施しようがない末期癌患者と家族の気持ちの問題だから強いて止める事もしない事が多いようです? いずれにしてもお医者さんと相談された上でご利用願いたいものです。
 
 それじゃ癌に効くのなら、癌の予防に良いのでは? これも微妙なので「お医者さんに聞いてくれ」ですね(^_^) キョウチクトウ科の植物は毒性が強いので薬用効果もあるが副作用も強く、素人が扱うのは注意が必要です。
  
 私のニチニチ草は知人が岐阜県まで行って澤井繁さんの奥様から頂いてきた種を育て続けています。かって澤井さんは全国から救いを求める癌患者の方やその家族へニチニチ草を送られてきたそうですが、その奥様も亡くなられて久しいようで、澤井さん宅宛に手紙を送ったが宛先不明で手紙が戻ってきたので、お宅のニチニチ草が欲しいとの電話を3度受けました。
 
 澤井さんの様な立派な事はできませんが、せめて澤井さんの育てたニチニチ草をずっと守り続けようと思います。

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